2024年2月28日
かみふの風にのってTweet
第五話 今年も変わらない、あなたのいない夏だ。
彼の手紙を読んでから数年の時が過ぎた。ほとんど何も知らない彼のことを私はまだ忘れられないでいる。
彼のいないかみふにも慣れてきてしまっただろうか。いいや、もともと彼とはそこまで関りもないし、慣れるも何も最初からそうだったはずだ。
それなのにどうしてこんなに苦しくなってしまうのだろうか。
千望峠の駐車場の下のほうのラベンダー畑は人も少なくお気に入りの場所だ。今年も一人で大好きなラベンダーの香りを求めてやってきた。
ラベンダーの香りを感じると同時に彼のことが頭をよぎる。目を閉じたら貴方のいた深山峠の景色が思い浮かぶ。自分が涙を流しているのを自覚して、今年も夏が来たことを実感した。
ああ、今年も思い出しちゃったな。
ふと人の気配を感じ、慌てて立ち去ろうとすると笑いを含んだような声が聞こえた。
前と反対の立場だね、と。
聞き覚えのある声、ずっと聴きたかった声、振り返ればもう一度だけ、と何度も願ったあなたの姿がそこにあった。
「君のことが忘れられなくて 戻ってきたんだ 一人で」
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今年も夏が来た。
うるさいくらいのセミの声と
ひんやりと冷たい風
ラベンダーの甘い香り
優しい笑みを浮かべるあなたの姿。
今までと違う夏。これからはあなたのいる夏がいつもの夏になる。